バルセロナを離れる日がやってきた。次の行き先は南フランスのプロヴァンスと決めていた。ずっと行ってみたかった憧れの場所。「プロヴァンス」というだけで、爽やかな風が流れてきそうな気がする。


フランスまで行ける高速鉄道のチケットを購入するため、前日モンセラットの帰りにサンツ駅に寄った。しかし残念なことに、カウンターの不機嫌そうなおじさんに明日のプロヴァンス行きのチケットはないと言われてしまった。


だけどここで諦めるわけにはいかない。明日旅立つと決めたら、明日旅立つ。プロヴァンスと決めたら、プロヴァンスへ行く。この旅では、行きたいときに行きたい場所へ行くと決めている。予定も計画もない代わりに、自分の感覚に100%従う妥協の一切ない旅だからだ。


不機嫌そうなおじさんに、どうしても明日プロヴァンスに行きたいんだと伝えると、バスならあるかもしれないと教えてくれた。そしてそのバス会社は、サンツ駅を出たすぐ横にあるらしい。


さっそくサンツ駅を出てバス会社を探すと、バスターミナルの端に佇む建物を発見。中に入り、カウンターのおばさんにプロヴァンス行きのバスはあるかと尋ねると、明日の朝の便で南フランスのアヴィニョンという街へ行くバスがあるという。やったあ!


しかもうれしいのは、金額が高速鉄道の半額以下だということだった。その分かかる時間は倍以上ではあるけれど、急ぐ旅でもないのでバスで十分だった。それにしてもあまりにも安いので、「本当にこの値段?」と何度も聞き、ただでさえ仏頂面のおばさんをさらに不機嫌にさせてしまった。




チケットがとてれ一安心。里沙ちゃんの家に戻り、夕飯をご馳走になり、夜は里沙ちゃんとお酒を飲みながら二人で語った。 里沙ちゃんとは、出会ったばかりだけどなんでも話すことができた。たまたま行った場所で、同い年で同じ街出身の子に出会えたことに運命を感じたこともあったけれど、それ以上に、里沙ちゃんという一人の人間に対して感じる何かがあった。住んでいる国も違えば、生活環境もまったく違うけれど、人間の本質的な部分が似ているような気がする。


話は尽きず、わたしたちは夜中まで語り合った。






翌日、出発の朝は完全に寝坊した。朝入ろうと思っていたお風呂に入る時間もなく、寝起きそのまま駅にダッシュした。駅まで見送りに来てくれた里沙ちゃんとハグをして再開を誓い、大慌てでサンツ駅に着くと、まだバスは来てもいなかった。


カウンターでチケットの控えを渡すと、乗車に必要な小さな紙切れと、荷物につけるネームシールをもらった。それをバックパックに巻きつけてバスを待つこと数分。定刻を少し過ぎたところで大型バスがやってきた。席は自由でそれほど混んでいなかったので、バスの中間あたり、窓際の席に座った。





わたしはバスでの移動が大好きだ。景色を眺めながらゆっくりすることができる。電車は早すぎて景色が一瞬で過ぎ去ってしまうけれど、バスはのんびりと眺めていられる。この旅では長距離バスでの移動があまりなかったので、バルセロナからアヴィニョンまでの7時間の旅が楽しみだった。


バルセロナでの日々を思い返しながらバスに揺られていると、あっという間にフランスに入った。バルセロナとフランスの近さを実際にバスで走ってみて肌で感じることができ、改めて陸続きの国々はおももしろいと感じる。車で数時間走らせれば、そこはもう歴史も文化も言語も異なる民族の国。その感覚はわたしたち日本人にはない。慣れない感覚に、不思議な興奮を覚えた。











フランスとの国境でバスが止まった。そこには高速道路の入り口のようなゲートがあり、国境警備員らしき人たちがいる。どうやらこのバスは検問を受けるらしい。


ヨーロッパには「シェンゲン協定」というものがあり、加盟している国では国境を超える際にパスポートのチェックをせずに入ることができる。


そのため他の車は素通りでビュンビュン国境を超えているのに、わたしたちのバスだけが止められている。なぜだろう?バスは止める決まりになっているのだろうか。よくわからないけれどどうすることもできないので、黙って待つことにした。外を見ると、警察犬がいて、荷物入れの扉が空いている。麻薬や危険物がないか調べているにちがいない。




しばらくすると国境警備員がバスの中に入ってきて、ひとりひとりにパスポートの提示と手荷物をチェックし始めた。順番が回って来たのでパスポートを手渡すと、警備員はページをペラペラめくり、なぜか棚に載せていたバックパックのサイドポケットを触り、中を見るでもなくすぐに次の人のチェックに移った。


え?それだけ?と拍子抜けするくらい簡単にチェックは終わった。他の人はバッグの中もチェックしているのに、わたしのはバッグパックのサイドポケットを触っただけで終わり。


ってか触る必要あった?触って得られた情報って何?よくわからないけれど、日本人の女一人っていうことで怪しまれずに済んだとしたら、日本人でよかった!ということにしておこう。



全員の手荷物チェックが終わり、国境警備員がバスを降りてもなかなか発車しない。なにやら外が騒がしい。


どうやら下の荷物置きにあった荷物に問題が発生したらしい。さっきの国境警備員が再びバスの中にやってきて大声で



「◯◯は居るか?◯◯は居るか!?」




としきりに誰かを呼びはじめた。その名前は欧米でもアジアでもない、一体どこの国の人なのか見当もつかないくらい聞き馴染みのない種類の名前だった。



警備員が大声で名前を呼ぶ中、いっこうに◯◯さんは名乗り出ない。始めのうちは「Mr.」をつけて呼んでいた警備員も、イライラしたのか途中から呼び捨てになり、最後には「おいこのやろう!早く名乗り出ろ!」と言わんばかりの迫力だ。



しびれを切らした警備員は、前の乗客から順番にパスポートをチェックするという強硬策に出た。パスポートには当然ながら名前が書かれていて、完全に◯◯が誰なのかがあぶり出される。


警備員によるパスポートをチェックはどんどん後部座席へと迫っていく。一体どこに潜んでいるのだ◯◯は?!とドキドキしながら様子を見守っていると、チェックが中盤にさしかかったあたりで、観念したのか、バスの後方からひとりの男が歩み出た。おお、彼が◯◯さんか。顔を見てもやっぱりどこの国の人なのかわからなかった。





彼は警備員に連れられてバスを降りて行った。大丈夫かしらと外を見ると、なんと彼は後手に手錠をかけられ、パトカーに押し付けられるようにしてボディチェックを受けている。警察物の海外ドラマでよくみるあのシーンだ!うわ!本物だ!本当にああやってボディチェックするんだな〜。へえ〜。なんて思いながら見ていると、彼はパトカーに乗せられ連行されてしまった。



あわわ…一体全体◯◯さんは何者だったのだろうか…そしてどんなヤバいものを隠し持っていたのだろうか…何の目的で、スペインからフランスまで行くつもりだったのか………謎が深まる中、バスは発車した。










走ること7時間、アヴィニョンに到着した。アヴィニョンはプロヴァンス地方の中心都市で、街の中心の城壁で囲われた歴史地区は世界遺産に登録されている。


わたしがアヴィニョンを選んだのは、世界遺産が見たかったわけではなく、たまたまこの日バルセロナからバスで行けるプロヴァンス地方の都市がアヴィニョンだったというだけだった。昨日まで存在も知らなかった場所に今はいる。それってなんだか不思議でおもしろくて、わたしはすごくうれしい気持ちになった。





ところでわたしはフランスに入ってからSIMカードを買っていないので、ネットが使えない状態だ。もちろん宿の予約はしていないので、歩いてホテルを探すしかない。今までネットで予約するか、知り合った人の家に泊めてもらうかしていたので、ホテルを直接訪ねて回るのは初めての経験だった。



行き先がアヴィニョンでよかったなと思ったのは、この街がこじんまりとしていたことだった。ホテルを探すのに、とんでもない距離を歩かなくて済みそうだ。きっとすぐホテルも見つかるだろうという安心感が持てた。



街の中心の広場へ行くと、歴史ある美しい建物たちが立ち並んでいた。中でも14世紀に教皇が住んでいた教皇宮殿は圧巻だった。宮殿自体はおごそかだけど、広場全体にはあたたかな雰囲気が漂っていた。わたしはホテルを探すのも忘れて宮殿に見入っていた。


IMG_6610
IMG_6767









キョロキョロしながら歩いていると、40歳くらいの男性にすれ違いざまに声をかけられた。彼は蛍光水色のポロシャツに、蛍光水色と蛍光黄色のボーダーの短パンといった、全体的に眩しい水色をまとった格好をしていた。かなり目立つ。


2言3言言葉を交わすと、ジェラートをおごるよと言うのでご馳走になることにした。



ムッシュ蛍光色はフランスのニース在住で、休暇でアヴィニョンにひとりで観光に来ているとのことだった。ニースも同じく南フランスにあるので、車で来たらしい。アヴィニョンには何度か来たことがあるらしく、街を案内するよと申し出てくれた。


若干あやしげだったが(全身蛍光色だし)、昼間だし、ジェラートおごってもらったしw、もしかしたらおもしろい展開になるかもしれない。変な人だったら逃げる前提で、案内をお願いすることにした。けれどこれが悲劇の始まりだということに、このときは気がつかなかった…。










ムッシュ蛍光色とのコミュニケーションは大変だった。彼はまったく英語が話せないし理解できないのだ。わたしはフランス語なんてまったくわからない。私たちの共通言語は「非言語」だけだった。


街並みを歩いたり、アヴィニョン橋を見て回っているときはよかったのだけど、彼が「木陰に座ってゆっくり話そう」と言い出したから困った。いや別にゆっくりしたくないし、言葉がほとんど通じない人と話すことなんてないよ…と思ったのだけど、その意思も伝わらないのだから言語の壁は計り知れない。



アヴィニョン橋が見える川のほとりに並んで座り、彼が話すのを聞いていたのだけど、結局何を言っているのかまったく理解できず、曖昧な笑いで返すしかなかった。共通言語がないってかなりしんどい。相手の言うことを理解しようと必死になるし、わたしの言いたいことを伝えるのも一苦労。数十分しか一緒にいないのに、もはやわたしはクタクタだった。





おもむろにムッシュ蛍光色がポケットをまさぐり、中から女性もののイヤリングを取り出してわたしに差し出した。


どうやらわたしにくれるらしいのだけど、一体全体なぜ会ったばかりのわたしにイヤリングをくれるのかがわからない。言葉がわからないので、彼の意図はさっぱり不明だ。



彼はわたしの手にイヤリングを握らせ、サングラスを外し、わたしの目を見てこう言った。






































I love you.
































































はああああああああああああああああ?!?!?












あ、アイラブユー……????






愛してる?愛してるって言ったの今?






え?なんで?出会って30分くらいだよねわたしたち?一体どうした?なんで愛の告白?ってかずっとフランス語だったのにそこ英語なんだ?w







もう本当に訳がわからない。一体何考えてるんだこのフランス人は…。
















はっ!もしかしてこのイヤリングは愛の証?運命の人に会ったら渡そうと、肌身離さず持っていたとか?






彼がわたしの手に握らせたイヤリングを見てみる。







































壊れとるやないか











はっ。バカらしい。壊れたイヤリング差し出して「愛してる」ってあんた。ほんといい加減にして。てか出会ったばかりで言葉も通じないのに愛が芽生える訳ないでしょ。




はあ〜フランス人軽いわ〜まじないわ〜早くこの場を離れたいわ〜


と萎え萎えのわたし。するとなんとムッシュ蛍光色はわたしの足を触り出した!


「美しい足だ…知ってる?足はフランス語で◯◯って言うんだよ」……ってどうでもいいけど足触るなおっさん!



次は髪を撫でながら「髪はフランス語で…」とフランス語のレクチャーを始める。いや、フランス語のレクチャーにかこつけたセクハラだ。もう我慢できない。わたしは「帰る」の意思を身体中で示し、この場から立ち去ろうとした。






…ムッシュ蛍光色のアタックはこの先も続き、驚きの展開に、、、って感じで次回へ続く。





よかったらポチッとお願いします♡
人気ブログランキングへ